2009年05月29日
エロティックなおもさ

Bordeaux, septembre 2007
りんご
ところで
きょうのあさは
りんごをひとつ てのひらにのせた
つま先まで きちんと届けられていく
これはとてもエロティックなおもさだ
地球の中心が いまここへ
じりじりとずらされても不思議はない
そんな威力のある,このあさのかたまりである
うすくあいた窓から
しぼりたての町並みがこぼれてくる と
どこかで とてもとうめいは十指が
あたらしい辞書をめくるおと
おもいきりよく物理的に
とんでもないほどすがすがしく
わたしのきもちをそくりょうしたい
そんなあさ
りんごはひとつ てのひらのうえ
わたしはりんごのつづきになる
なくなったきもち分くらいのおもさ か
あのひとと もう会わない
そうして
きょうのあさは
りんごをひとつ てのひらへのせた
小池昌代「りんご」in『小池昌代詩集』(『水の町から歩きだして』)
タグ :小池昌代
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2009年05月28日
るふらん

Narita, mars 2008
るふらん
おじいさんはどこへいったの
山へ柴かり?
いいえ いいえ おじいさんはね
ひよわなおまえののどの奥で
夜どおし依怙地に鞴をふいている
だからぼうやは火のように熱いの
おばあさんはどこへいったの
川へせんたく?
いいえ いいえ おばあさんはね
ながいおまえの睫毛のかげで
ご先祖名入りのタオルを飽かずにしぼってる
だからぼうやは頬が濡れるの
桃のなかから なにがうまれるの
ももたろさん?
いいえ いいえ 桃からはね
にがい にがい ひとつの種子
パパとママがおまえの耳のうしろへ落とした
だからぼうやは怯えて夜なかに眼をさますの
新川和江「るふらん」in『新川和江詩集
タグ :新川和江
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2009年05月27日
性的な妄想が去り...

Kirishima, février 2009
(麦芽のころ)
ようやく言語の想像を超える
喧しさも消えた
性的な妄想が去り
紙の透明に
道の字をしるす
明るい部屋に座り前世をただよってきた
母の名と
あらぬ詩の題
おまえの胸にひそむ
絶望的な韻律と
よこしまなかたちを
稲川方人「(麦芽のころ)」in『稲川方人詩集』(『われらを生かしめる者はどこか』)
タグ :稲川方人
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2009年05月26日
煙突

Kagoshima, avril 2009
何もかももう煙突だ
智戒栄昌大姉に捧ぐ
八つの自動車(くるま)は悲しみを載せ。
八つの自動車(くるま)は一列になり。
白い悲しみの列になり。
道を曲がれば悲しみは。
U字に流れ。
坂を上る。
成吉思汗のような葬儀車は。
悠然いかめしく先にたち。
かかはりもないやうなそのなかに。
白い柩は横はる。
変化(へんげ)のまへのひとときを。
死はゆたひ。
死は沈む。
人々行き交ふ春の街路を。
かかはりもないそのなかを。
悲しみは走り。
悲しみは曲がる。
さうしてああもう煙突だ。
悲しみも深い悲しみも。
何もかももう煙突だ。
草野心平『草野心平詩集』
タグ :草野心平
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2009年05月25日
人生は玩具

Kagoshima, janvier 2009
大埠頭にて
『人生は玩具だ』と海はいふ。秋,槍の穂先のやうにキラキラする水,黒い船影(シルエツト)の港
よ。爽やかな悲よ! 魚樽を投あげ,又,磯臭い島の人達をはこんでゆく,秋色新鮮な小汽船を,蒼
空に煤を吐きながら小さくなつてゆく一の姿を,私は今日も同じ埠頭場の手擦(てすり)からながめ
てゐた。
『人生は玩具だ』と。嘔吐の臭をはこびながら,海はいふ!
金子光晴「大埠頭にて」in 『金子光晴詩集』(『水の流浪』)
タグ :金子光晴
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2009年05月24日
いつのまにか...

[sans lieu], [sans date]
<写真と数行の引用>...
ただそれだけの,本当に素っ気ないブログ。このブログのヒット数もいつのまにか10,000件を超えました。
これも毎朝,毎日,毎晩遊びにきて下さるみなさんのおかげです。ありがとうございます。
鹿児島にも実利・営業目的ではなく,<遊び心>でネットに接しておられる方がいらっしゃると思うと,なんとなく嬉しくなります。
今後ともマイペースで更新して参ります。どうぞ今後ともご贔屓に!
タグ :ごあいさつ
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2009年05月22日
仲間を思いやる

Kagoshima, mai 2009
「仲間を思いやる気持ちを持たないと,サッカーは上手くならないぞ。自分がいいパスを出せば,チームにとってプラスになる。いずれ同じようなパスが,自分にも返って来る。サッカーだけでなく,人生ってのはそういうもんだ。」
林壮一『アメリカ下層教育現場』
タグ :林壮一
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2009年05月21日
彼女がいるかぎり...

Kyoto, février 2009
薫さんはテラスに膝をつき,ドナの背中をなでた。彼は興奮してしっぽを振り,顔をなめ回した。彼女はくすぐったそうに目を細め,声を出した笑った。彼だけが安全地帯だった。彼に触れているかぎり,わたしたち三人の関係は保証されていた。
そのドナを殺そうとしたことを,薫さんは知っているだろうか。たぶん知っているだろう。彼女がいるかぎり,わたしは新田氏と二人だけの秘密を持つことができない。
彼に愛されている間,わたしの心を占めていたのは薫さんだった。彼らもまた,これと同じことをするのだろうかという思いから,どうしても逃れられなかった。吐息のすき間に,まぶたの裏に,音もなく彼女があらわれ,わたしと新田氏の姿を見ていた。新田氏の唾液が乳房を光らせたり,わたしの指が背中を這い回ったり,二人の髪が絡み合ったりするのを,まばたきもせずに見つめていた。その目には苦しみも失望もなく,むしろ精麗でさえあり,音の鳴っていないチェンバロを見上げるドナの瞳のようだ。
小川洋子『やさしい訴え』
タグ :小川洋子
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2009年05月20日
かあさん... (続き)

Narita, mars 2008
書簡(続き)
かあさん
おげんきですか
きょう おとうさんが収容所を脱走してきました
たばこを一服
すいたかったのだそうです
寺山修司「映画 トマトケチャップ皇帝」in 『寺山修司詩集』
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2009年05月19日
廃墟

Saint-Sève, mars 2008
廃墟には,火に燃える人間や雑物を見ている時のような安らぎがある。人間のいかなる強欲な営みも,あるいは神聖な祈りも,土と風と光の力業(ちからわざ)と持続の前には無力であることを表してみせている。
藤原信也『東京漂流』
タグ :藤原信也
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2009年05月18日
夢の中で
Kagoshima, mai 2008
鳩
夢の中でその鳩は見たのであった。
ボク死ニマシタ。
ボクエヴェレスト見タカッタ。
その鳩は自分に話してゐるのだから。死んでるといふのはをかしいのだが死んでるといふのである。
千島あたりの鳥らしい。
つつねけのガラスの空。
君はどの鳩だったんだらう。憶えてないけど。
ボクモオボエテナイデスケド。エヴエレストつてあのエヴエレストかい? 向うの。印度の。
イイエ。ボクタチノクニノデス。
風化された岩に腰をおろし。枯草をむしりながら。
海が見える。
死ぬとかへつておもしろいかい?
ン。ボクエヴエレスト見タカッタ。
沖で潮が噴きあがった。
まぶしくつて青暗い海を。鯨の潮が並んで北に進んでゐる。
あぶない。あぶない。と叫びながら飛びたつた鳩を追ひかけてくと。崖下の渦。
めくるめく渦のクローズアツプ。
草野心平「鳩」in『草野心平詩集』
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2009年05月15日
つぎはぎ細工

Kagoshima, janvier 2009
カフカは情熱を集中して一気に成ったもの以外を「つぎはぎ細工」(フリック・アルバイト)とよび,もっとも呪われたものとして未練なく破り捨てた,と自ら書いている。本当に破り捨てたかどうかということよりも,カフカがいかに情熱のにえたぎる希有な瞬間をまちのぞんでいたか,それを証する言葉であろう。カフカの作品に比べてこの言葉に私は不意をつかれ強く印象に残っている。
吉増剛造「世界はなんのためにあるのか」in 『吉増剛造詩集』
タグ :吉増剛造
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2009年05月14日
破壊されるチェンバロ

Roissy, mars 2008
「行かなかったんですね」
わたしは言った。新田氏は答えなかった。リビングのテーブルに新聞紙を広げ,鴨の羽根をカッターナイフで削っていた。そぎ落とされた黒い羽毛が,床に積もっていた。
「言うとおりにしてくれたんですね」
羽根の軸は白く,弓なりにカーブしていた。
「薫さんは? 一人で?」
彼らが札幌に発つはずだったその日,一人残った新田氏を見つけた瞬間,なぜかわたしは思い描いていたほどの喜びを感じることができなかった。むしろ戸惑いの方が大きかった。無理矢理彼を薫さんから引き離して,そのあとどうするつもりだったのか,自分でも混乱していた。だから何度も口に出して,願いがかなったことを自分に言い聞かせようとした。
「今日,もしあなたがここにいなかったら,って考えると,震えるほど怖かった」
なのに新田氏は黙り続けていた。カッターナイフはたやすく軸を削ることができた。それはみるみる精巧なチェンバロの爪に変形していった。
「わたしのため?」
弦に触れる先の部分は,更にどこまでも鋭く削られた。軸の破片が新聞紙の上に落ちてゆく音だけが聞こえた。
「それともドナのため?」
きのう欅の洞窟から別荘までを,上手に道案内したかわいいドナは,今わたしの部屋で眠っていた。ボロボロのタオルを両足にはさみ,段ボールの隅で丸くなっていた。
「ドナを殺されたくなかったから?」
答えるかわりに新田氏はわたしの腕をつかみ,階段へ引っ張っていった。床の羽毛が舞い上がった。そして二階の寝室で,鴨の羽根をむしるように,わたしを裸にした。
すべてが無言ですすんでいった。言葉のためのエネルギーも,肉体を支配するのに費やされた。
新田氏は決して怒ってはいなかった。むしろひたすらわたしを求めていた。なのに自分が,破壊されているかのような気分に陥った。彼の筋肉は震えるほど激しく動き,息をふさぎ,すぐに汗で濡れた。私は破壊されるチェンバロだった。
小川洋子『やさしい訴え』
タグ :小川洋子
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2009年05月13日
おんなはあらわれる

Tanégashima, juillet 2006
気中に,ウスイケムリの根をはり,まず性器からおんははあらわれる。一本のたばこをくちびるにうめ,終日,無彩の肌を敷きなおす。それから,王朝を交互に切り出す男たちの明眸のふかみへ,そっと最初の汗をにじませる。
北京発,包頭経由蘭州行き急行。速度はオルドスを墓地のように打ちつけていく。あの汗はまたすこしにじむ。むりのない高みで,国家はいま適湿に至る。
荒川洋治「北京発包頭経由蘭州行き」in『荒川洋治詩集』(『娼婦論』)
タグ :荒川洋治
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2009年05月12日
2009年05月11日
古靴店

Kokubu, mars 2009
古靴店
赤,青,黄の原色の郷愁(ノスタルジヤ)...
濡れた燕がツィツィと走る五月の雨空,
狭い港町の,ペンキの板囲(いたがこひ)した貧しい古靴店がある。
店一ぱい,軒先にも,店にも。はげす々けた古靴,破れ靴,
大きな泥のま々の長靴や,戯けた子供靴迄
すべて,この人の生に歩み疲れ,捨てられたものらの
朽壊れた廃船舶(まるきぶね)が聚つてゐる。
……お々,哀しい哀傷的(ユーモラス)な港景だ。
人情よ,零落の甘さ,悔もなさ,慕しさよ。
俺は,只俺の人生が泣きたくなった。
金子光晴「古靴店」in『金子光晴詩集』(『水の流浪』)
タグ :金子光晴
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2009年05月08日
わたしのそばにいて

Bordeaux, septembre 2007
「わたしのそばにいてください。薫さんと一緒にはいかないで」
たやすいことだと,わたしは自分に言い聞かせた。理由も何も必要ない。単純でありふれた願いを口にしているだけだ。
新田氏は黙っていた。眼鏡のレンズに光が反射して,表情がうまく読みとれなかった。戸惑っているようでもあったし,ただ成り行きを見守っているだけのようでもあった。胸にはいつもの静けさが満ちていた。その不透明な影や,ゆるやかな流れがこちらにも伝わってきた。
「もし行くのなら...」
これ以上黙っているのに耐えられなくなって,わたしは言った。
「ドナを殺すわ」
声の一音一音が,彼の静けさに吸い取られていった。
小川洋子『やさしい訴え』
タグ :小川洋子
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2009年05月07日
誰のために?

Bordeaux, avril 2008
同志ルイ・アラゴンの大膽なイニシアチーブと彼の編輯によって,パリで雑誌『コムミューヌ』誌が生まれたときに,アラゴンはフランスの全ての作家にたいして,――「貴下(あなた)は誰のために書いてゐるか?」といふアンケェトを發したことがあります。私はこのアンケェトには答へなかったが,アラゴンに會つたとき,どうして答へなかつかその理由を辯明しておきました。私がアラゴンに云つたことは――それを口にすると,なんとなく氣障つぽきこえるかもしれないが,私にとつては眞實なんです――私はいつも後にくる人々のために書いてきたといふことです。
私は,ひとびとの拍手を一向意に介しないできました。さうした拍手がブルジョワ階級以外から起るべくもないことをよく知つてゐたからです。事實,私自身がその階級出身のものであり,またその階級に屬してきたものですが,ブルジョワジィがどんなものであるかをよく知ればこそ,かへつてその階級に烈しい侮蔑をいだいてきたのです。そして私のうちの秀れたものはすべて,この階級に反抗してきたのです。
ジイド『ソヴィエト旅行記』/ 小松清訳
タグ :ジイド(ジッド)
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2009年05月01日
彼の指先と唇の記憶

Saint-Sève, mars 2008
彼はブルーのシャツの袖をまくり上げ,ベルトにはさんだタオルで額の汗をぬぐった。腕は日に焼けて浅黒く,どんな重いものでも持ち上げれそうにたくましく,離れていても筋肉の反応する様子が見えた。と同時に,その腕がかつてのピアノを弾くためのものだった時代の名残もちょっとした瞬間に感じ取ることができた。
こうした身体の特徴を彼が見せてくれる時間を,私は愛した。これまでは必ずそこに薫さんがいた。彼女との調和の中にいる彼が,最も貴重で魅惑的だった。でも,今は違う。彼女も知らない,自分だけの彼の記憶をわたしは持っている。
時折,わたしがここにいるのを確かめるように,新田氏は振り向いた。薫さんに見つかっても不自然に思われないよう,注意深くわたしは微笑み返した。汗に濡れた腕の中へ,身を沈めたい気持ちにかられた。そのたびにわたしは,胸の前できつく両腕を絡ませ,自分の欲望を抑えなければならなかった。それでもなお,あらゆるすき間,くぼみ,突起,曲線を這い回った,彼の唇と指先の記憶がわたしを突き動かそうとした。
小川洋子『やさしい訴え』
タグ :小川洋子
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