2009年02月25日
いつまでもここに...

Paris, mars 2008
そろそろ帰らなければいけない時間だと気づいていた。二つのカップはもう空になっていた。いつまでもここにじっとしていても,彼を困惑させ,自分もみじめになるだけだというささやきと,ほんの少し手をのばせば求めるものを引き寄せられるのにというささやきと二つの声が渦巻いていた。
「おいとましなくちゃ...... 」
私は立ち上がろうとした。肩から毛布が滑り落ちた。本当にそうしたかったからではなく,どうしていいか混乱する気持ちが,無意識にそんな言葉であふれ出たのだ。
「急がなくてもいい......」
押しとどめるように新田氏は,腕を前に差し出した。
「おかわりは?」
わたしは首を横に振った。新田氏は毛布を拾い上げ,もう一度背中に掛けた。彼の手が両肩を包んだ。その感触が逃げてゆかないようにと,わたしは息を止めて祈った。祈りながら,彼の胸に顔を寄せた。
「チェンバロを,弾いてくれませんか」
わたしは言った。
小川洋子『やさしい訴え』
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10:58
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2009年02月24日
2009年02月21日
磯巾着のような人生
Amami, octobre 2008
石蚕(みどりいし)の峡間に塩水が清麗に走っている。
曇り日の狭いにはた陰に
さんご藻,石花菜(てんぐさ)のたぐいが美しく蔽ふ。
...... 花さく磯巾着や,うにが寛(ゆるやか)にもつれうごく。
お々!わが人生も明るく孤寂なれ!
わびしい霰河豚(あられふぐ)の一隊が
ものうい単一(せんぷる)な儀容が
花藻の繁の間を並んでゆく。
金子光晴「紅藻の森」in「海辺小景」in『金子光晴詩集』
タグ :金子光晴
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19:23
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2009年02月20日
血管

Paris, mars 2008
私がかかえている闇は深く大きい
億年の夜を合わせたよりもさらに長い
いずこから来て いずこへ流れてゆくのであろう
川があり
太古の犬が耳をそばだてている
父祖の咳(しわぶき)の聞こえる日がある
まだ生まれぬ未来の赤児の泣き声のする日がある
母の そのまた母の繰り言
わらべ歌をうたいながら
川上の靄の中へ次第に遠ざかってゆくのは
幼い日の兄や妹 大勢のいとこたちだ
悲哀に凍り 喜びに泡立ち
激怒にふっとうする その流れを
柵にかこわれた水車小屋が
いっときも休むことなく濾しつづけている
新川和江「血管」in『新川和江詩集』
タグ :新川和江
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14:20
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2009年02月19日
幼稚園

Bordeaux, septembre 2007
でも私は幼児教育に関しては,日本のほうが絶対に良いと思う。それは日本などに学ぶことは何もないと思っているフランス人たちがまったく知らないことだろう。私の実家の前の幼稚園は,畑でおいもを作ったり,ウサギやカメを飼ったり,竹林でタケノコ堀りをしたりして,毎日泥んこになって遊んでいる。私はたまたまこの幼稚園の方針が好きだけれど,お勉強がしたい子供(させたい親御さん)には,そういう方針の幼稚園がちゃんとある。フランスのように国民教育省のプログラムに拘束されず,各幼稚園が個性的な教育ができるところが良い。その分,月謝が高額になるのはもちろん問題だけれど。
中島さおり『パリの女は産んでいる:<恋愛大国フランス>に子供が増えた理由』
タグ :中島さおり
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15:27
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2009年02月18日
願い...

Paris, mars 2008
わたしはもっときつく,自分に毛布を巻きつけた。いつしか震えはおさまっていたが息の詰まるような胸の苦しさは続いていた。しかしそれは恐怖からくるのではないと分かった。〔…〕怖さなど,もう消え失せていた。足だけでなく,身体中の隅々に,まつ毛の一本一本から一枚一枚のひだの奥まですべてに触れてほしいという願いが,胸に突き上げているのだった。
小川洋子『やさしい訴え』
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11:10
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2009年02月17日
子供

Kagoshima, janvier 2009
遠い蒼い空の窪みのように。
お前はおれの中に沈み。
おれは抱きすくめる。
毎日は買ってやれない飴ん棒達をこんなによろこぶのを。お前の頬に頬をこすりつける。
おれは想ひ出す。
前橋の冬。
お前はそこのトタン屋根の薄暗い長屋の六畳に生まれた。
おむつの満艦飾の下で一ダースの貧しいはなたれ天使達が。お前も裸でよちよち歩いていた。
そうして今。おれらは一枚の布団を四人で着。その中の一人が小さいお前でおれの胸に埋まってねるのだ。
やがてそれはお前に話すことが出来る。お前はむしろそれをうれしく思ふだらうことを信じ。
おれはお前をだきすくめる。
(何んたる声をたてたい吸ひこむ空)
さ。べい独楽と遊べ,
ナ。
夜の仕事に。おれは出掛けていかにやあならん。
草野心平「子供に。」in『草野心平詩集』
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2009年02月05日
推理小説の歓び

Kagoshima, octobre 2008
〔…〕事件捜査における解釈とは,なによりもまずだれかを殺すことだ〔…〕。あらゆる解釈に共通のロジックとは,解釈の対象を,別の言語におけるその等価物を見つけることによって消滅させることである。解釈者は,このロジックを最後まで突きつめることで,彼が思うところの犯人を殺すと同時に,打ち明け相手という,この透明性を保証する存在をも抹殺するにいたる。この過程に底流しているのは解釈者の享楽である。それは差異を減じ,類似性をそれに置き換える享楽にほかならない。
ピエール・バイヤール『アクロイドを殺したのは誰か』/ 大浦康介訳
タグ :ピエール・バイヤール
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2009年02月04日
彼の指使い

Paris, mars 2008
「とげは刺さってないようだな」
独り言をつぶやきながらわたしの足を見つめ,脱脂綿でそっと傷口をなでた。彼の指は,傷が痛まないようにする最良のやり方を心得ていた。チェンバロの部品を作っている時のような,きれいな指使いだった。
私の足はそれに見合うくらい美しいだろうか。そう考えるとみじめな気分になり,同時に,少しでも長く枯れに触れていてもらいたいと願ってもいた。
小川洋子『やさしい訴え』
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12:49
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2009年02月03日
これからもよろしくお願いします:祝100エントリー

sans date / sans lieu
日頃のご愛顧ありがとうございます。
このブログを初めてからというもの,読書の楽しみを再発見した気が致します。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
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13:19
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2009年02月02日
家/母胎/玩具:祝!100エントリー

Kagoshima, janvier 2009
昭和一九年,私は,九州,福岡県門司港の,ある旅館の四人兄弟の次男として生まれ育った。
私は,その「藤乃屋」という屋号の旅館の歴史をくわしく知っているわけではない。その旅館を経営していた私の父は,明治二四年,四国の香川県の大きな旅館に生まれた。そして,一七歳で家を飛び出し,四国や広島を転々とした後,二三歳の時に朝鮮半島に渡り,さらに満州まで足をのばした。
満州で旅館を開業していたが,賭博〔とばく〕でそれをつぶし,私の生まれる八年前に,門司港にやってきた。そして藤乃屋旅館を開いたのである。
旅館はその時新築したものではなく,以前からあったものを父が買い取ったものだ。部屋数は三〇近くある,当時としては比較的大きな旅館だった。〔…〕三階建ての寄棟〔よせむね〕となっているこの建物は,階段だけで五つもある,複雑に入り組んだ構造を持っていた。
家という人間の入れ物は,環境としての土地柄と同じように。人の精神生理や,空間感覚を育成するものである。ある意味で。それは母親の母胎に似たものだと思う。その「藤乃屋」という母胎は,子供の私にとって,不思議に満ちた,奥行きの深い玩具であった。
入り組んだ古い建物の内部に,日々変化していく複雑な光と影。
どの方角からも抜け出すことのできる,迷路のような廊下と階段。
迷路を歩き巡るあでやなか容姿の仲居と料理。
建物のほうぼうで不意に出くわす見知らぬ人々。
客が泊まり,そして出ていったあとに部屋のなかに漂うさまざまな匂い。
季節の変わり目には家のほうぼうが生きもののようにきしみ,風の日には古びた窓や家の外皮が鳴り,そのような音は家の「声」として,子供の私の耳に記憶された。
昼には森のような静寂があり,夜には荒海のような喧噪があった。
藤原信也『東京漂流』
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15:50
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