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Posted by チェスト at

2010年03月21日

プロ野球



 
Tokyo, mai 2009


 北国の小さな農村の,小学生だった私にとって,プロ野球の存在というのは,蜃気楼のようなものにすぎなかった。
 いつも外野フライをヘソで捕るという阪急のヘソ伝こと山田外野手。小学唱歌「思ひ出」の原曲ロングロング・アゴーをうたうたびその顔を思い出す長い顎の白木義一郎投手。あげた足で顔より高い空を蹴ってから投げ下ろすという大モーションの別府投手。地上一メートルの高さでまっすぐ弾丸のようにとぶという川上一塁手の弾丸ライナー。猛牛千葉二塁手。
 そうしたいくつかの伝説は,いわば雑誌やラジオで知るだけで,私たちには,遠いみやこで行われているプロ野球というものにあこがれ,そこで活躍している英雄たちにファン・レターを書いたりした。


寺山修司「誰か故郷を想はざる」in『寺山修司詩集』
  
タグ :寺山修司


Posted by Nomade at 17:22Comments(0)

2010年03月19日

溺れることもできないなんて...




Lyon, mars 2009


 私が魚の化身だったらどうする?
 いっしょに泳ぐよ。
 そう。じゃあ泳ぎましょ。
 そう言うなり,わたしはあなたの手を引いて屋上へ駆けあがって,細い柵の上に立った。凍てつく寒風がガラスの破片のように私の肌を傷つける。何するの,とあなたは無邪気に尋ねる。わたしは少し苛だって,だから他人の夢の中の泳ぐんじゃない,と告げると,冷たい夢の液体へと飛び込んだ。あなたは悲鳴を上げた。
 私は夢の水面から顔を出し,早く来なさいよ,と叫ぶ。深いブルーの水底では,眠る都会のイルミネーションやネオンがわたしたちを誘う。あなたはためらい,それを軽蔑する私の顔を見て意を決し,柵から身を投げた。
 あなたはわたしの横を加速度をつけて落下していった。微かな衝突音。わたしが水底に降り立つと,すでにピラニアたちが食べた後で,骨だけが道路に転がっている。溺れることもできないなんて,とわたしは嘆き,記憶につけ加えるため,細かい骨でブレスレットを作ると,また新たな出逢いを求めて,尾びれを強く一振りした。


星野智幸「夢を泳ぐ魚たち」in 『われら猫の子』
  
タグ :星野智幸


Posted by Nomade at 14:05Comments(0)

2010年03月10日

まがいもの




Kagoshima, janvier 2010


 そんな映画なんですが,中身を考察してみますと不思議なんですね。ピカピカに磨きあげられたスターという存在のありよう,豪華な衣装や舞台セット,映画会社の華やかなパーティー,スキャンダルなど,どれをとってみても「大衆」という言葉とはほど遠い。むしろ二十世紀以前の上流社会のノウハウが充満した世界ではないでしょうか。そうしてみますと,映画というのは二十世紀においては時代遅れで効力が失われたもの,過去の遺物と化したかつての一部特権階級の美意識をなぞっているだけではないのか。スターといっても,彼はホンモノの貴族ではなく映画産業の内部事情ででっちあげられたニセモノ,そして豪華な舞台セットも裏にまわればぺらぺらのはりぼてなんですね。なにもかもが「まがいもの」です。しかし,だからこそ二十世紀を支える人々の心をつかみえたという不思議がある。ホンモノの上流社会は二十世紀における文化の担い手である大衆には手が届きません。しかし苦しい現実を見せつけられても,夢にはなりえない。そんなはざまで花を咲かせたのが映画でしょう。上流社会という過去を振り返るポーズを装いつつ,「まがいもの」の上流社会をでっちあげ,二十世紀文化という新たな未来形につなげていくというアクロバットが映画文化の中に見出せる。
 このように映画文化成立のドラマとルネサンス文化成立のドラマを骨子はなんら変わらない。同じドラマがくり広げられている。新しい美はいつの時代でも,過去に向かって振り返りつつ,それを未来形へと宙返りさせることによって生まれ出た「まがいもの」として,提示されてきたのでした。

森村泰昌『美術の解剖学講義』
  
タグ :森村泰昌


Posted by Nomade at 16:33Comments(0)

2010年03月08日

なまえ




Bordeaux, septembre 2007


吾一は「へえ。」と言うかわりに,丁寧におじぎをした。
「呼びにくい名まえですね。」
「さようでございますな。吾一ってのは,どうもぎすぎすしていけませんな,一つ,名まえを変えましょうか。」
「無論,変えなくっちゃいけませんとも。そんなのは商人の名まえには向きませんよ。」
「なんといたしましたら,ようございましょうかな。吾吉ってわけにもまいりませんし……」
「いっそのこと,五助としたら,どうですい。」
「なるほど,吾助は結構でげすな。」
「それも,その子のは,たしか,むずかしい吾の字を書いていたようだが,そんなのはめんどくさくっていけません。一,二,三,四,の五でたくさんですよ。」
「さよう,さよう。あきんどは名まえでも何でも,万事,ちょくでござせんとな。ーーそれでは,いいかい。おまえさんはこれから,五助って言うんだよ。」
 伊勢屋と大きく染め抜いた紺のノレンをちょいとくぐっただけで,吾一はたちまち五助になってし
まった。

山本有三『路傍の石』
  
タグ :山本有三


Posted by Nomade at 17:23Comments(0)

2010年03月05日

部屋




Neuilly, mars 2009


独立

ただ生きているだけで
生涯一つの言葉にも出会いはしない
その確証がある!
人間,狂うために生まれてきたもの
天の星を箒ではくために
今朝も
ぼくは
荘子,逍遥遊編を投げすてる
そして激しく机上を乱打する
両手をあげて部屋のなかを歩きまわる
一隻の船のように
だれもがそれぞれの作法で
世界を消す
権利を認める
その確証がある
今朝も
ぼくは
茫然と韻をふむ
バッハ,遊星,0(ゼロ)のこと
    バッハ,遊星,0(ゼロ)のこと
両手をあげて部屋のなかを歩きまわる
ぼくはここで死んでゆくのか
一人でワルツを踊るようにして
そしてまた
机上を激しく乱打して
また韻をふむ
バッハ,遊星,0(ゼロ)のこと
物語狂め!
ぼくは素足で韻をふむ
水面上で韻をふむ,虹の根元で音をたたく
両手をあげて部屋のなかを歩きまわる
…………
数時間すると
二,三人,死人たちが出てきて踊りだす

吉増剛造「独立」in『続・吉増剛造詩集』(『黄金詩編』)
  
タグ :吉増剛造


Posted by Nomade at 12:10Comments(0)

2010年03月04日

町の名




Bordeaux, mars 2007


(あの町の名を)

あの日は,
桑の葉の匂いをかぐ亡霊と
あの日は,
死せる馬の背で目をむいて怒り狂う亡霊と
われら生きる者とが
同じ時間 違う場所で
遠いあの町に落ちた
稲妻の残響を聞いた
聞いたことを怖れて,
桑の葉の匂いをかぐ亡霊と
死せる馬の背で目をむいて怒り狂う亡霊と
われら生きる者とは
それぞれに,
べつべつの空を見上げて
だがあの町の名を
はっきりとつぶやいた

稲川方人「(あの町の名を)」in『稲川方人詩集』(『われらを生かしめる者はどこか』)
  
タグ :稲川方人


Posted by Nomade at 10:29Comments(0)