2008年10月30日
はじめまして... 祝,50エントリー!

Paris, mars 2008
はじめましてCHERCHEUR DE PHRASESでございます...
50エントリーを記念して,簡単に自己紹介を致します。なにせ,こんなに長く続くとは思ってもおりませんでしたので。
名前は:これまでは「CHERCHEUR DE PHRASES」でしたが,11月からは「文藝写真館」と改めて新装開店致します。どうぞ今後ともご贔屓に。ローカルブログの題名は...日本語の方がやはり,分かりやすいかと思い,変更することに致しました。
出身地:本州からの移民です。
住所は:鹿児島市内です。
職業 :民間に勤めるしがない給与生活者... またの名を税金で喰っている<公務員のカモ>。
年齢 :元気だけが取り柄の中高年でございます。
趣味 :ありません(きっぱり)。
好みの異性のタイプは:香川京子(さらにきっぱり!)
苦手な女性のタイプは:怖くて申し上げられません!(もっときっぱり!!)
好きな食べ物は:好き嫌いはありません。納豆以外なら大丈夫。本当に美味しいものを見極めることも大事ですが,不味いものでも楽しく,それなり美味しく食べる術を身につけておくことの方が大事であると考えています。
ブログをはじめたきっかけは:もともと<引用>だけからなる,書物に興味がありました... しかしここで,このような形を取るとは...
ブログ名の由来は:尊敬する詩人にして歌手のLe Grand corps malade(グラン・コール・マラッド=ノッポで病弱な身体)の歌詞の一節から無断借用いたしておりました。
どうして週末は更新しないのですか:ほかにもっと素敵なこと,大切なことがたくさんありますから... たとえば朝寝とか,人生ゲームとか,お散歩とか,何もしないこととか...
チェストの感想は:皆さん温かい... これだけそっけないブログを定期的にご覧下さる方も少なくないようで...ありがたいことです。
好きな作家は:小川洋子
好きな詩人は:あまりよく知らないので... ただ,この歳になって,中原中也を再読してこれだけ胸に響くとは...
色んな経験を重ねるって悪くないことなのしれません。感動の射程も広がり,感動の性質も強く深くなる。周りの人にも優しくなるし,大切な人により深く強い愛情を持って接することができる。それに比べれば,脱毛,腰痛,老眼の三重苦など,なんてことはありません(もちろん強がりです)。
好きな歌手は:分かりません。ただ,美空ひばりをゆっくり聴きたいです。
好きな画家は:沢山いて...
好きな写真家は:あまりに知らなさすぎて... あえてあげれば若かりし頃にお世話になった...... かしら。
最後に:日常から一瞬,足を踏み外したような,不可思議な体験を,このブログが提供する言葉とイメージでほんのひと時味わって頂ければ嬉しいです。どうぞこれからもよろしくお願い申し上げます。
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20:30
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2008年10月29日
鞄:祝!50エントリー

Orly, mars 2008
〔...〕鞄はなんと豊穣な世界を抱えているのでしょう。いくら眺めても,撫で回しても,飽きるということがありません。まして私はそれを作っているのです。全体の姿を思い浮かべ,金具の光り具合からステッチの数にいたるまで,あらゆる部分をスケッチし,型紙におこします。そして素材を裁断し,つなぎ合わせてゆくのです。
私の手の中で,鞄が次第に姿をあらわしてくる,その瞬間の胸の高鳴りといったら......。まるで,全宇宙の法則を残らず手にしてしまったかのようです。
鞄なんてただの入れ物じゃないか,とあなたは言うかもしれません。それは仕方ないでしょう。鞄はそれ自体,何の望みも持っていないのですから。もっと重大な役割を果たせるのにとか,もっと愛されたいとか,そんな望みをです。彼らは(もしかしたら彼女らはでしょうか)ただ,あらゆる品物を抱え込み,人の手に身体を委ねるだけです。ひたすら慎み深く,忍耐強く。
小川洋子「心臓の仮縫い」in『寡黙な死骸 みだなら弔い』
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18:18
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2008年10月28日
子育てで悩む大人たちへ

Kagoshima, octobre 2008
奈々子に
赤い林檎の頬をして
眠っている 奈々子。
お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいっていしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。
唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。
お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。
ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。
自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。
自分があるとき
他人があり
世界がある。
お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた。
苦労は
今は
お前にあげられない。
お前にあげたいものは
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。
吉野弘「奈々子に」in『国語3』(光村図書,中学3年生国語教科書)
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2008年10月27日
帰郷

Aso, septembre 2007
「帰郷」
柱も庭も乾いている
今日は好い天気だ。
縁の下では蜘蛛の巣が
心細そうに揺れている
山では枯木も息を吐く
あ々今日は好い天気だ
路傍の草影が
あどけない愁(かなし)みをする
これが私の故里だ
さわやかに風も吹いている
心置なく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする
あ々 おまへはなにをして来たのだと......
吹き来る風が私に云ふ
中原中也「帰郷」in『中原中也詩集』
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2008年10月24日
土地の記憶

kagoshima, mai 2008
〔...〕土地には必ず記憶があり,この記憶と一体となって初めて土地は文化の一部となることができる。〔...〕土地にまつわる記憶は。土地にとりついた死霊たちのざわめく息吹であるとともに。死者たちと生きることを選んだ生者の営みそのものといってもよい。人々は,自分の生きる土地に過去の人物と出来事を刻み込み,すべてを無差別に飲み込み押し流す時間の脅威に健気に対抗しようとする。つまり,無始無窮の時間に里程標を打ち込み,無理矢理にでも<人間の時間>をつくり上げることによって,時間を歴史に変えようとするのだ。
石川知広「土地・人間・出来事」in『フランスを知る:新<フランス学>入門』
タグ :石川知広
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2008年10月22日
秋の日...

Kagoshima. décembre 2007
「落葉」
秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。
げにわれは
うらぶれて
こ々かしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。
ポール・ヴェルレエヌ「落葉」in『上田敏全訳詩集』
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2008年10月21日
芭蕉は芭蕉を見失った

Kagoshima, juillet 2008
「古池や蛙とびこむ水の音」
音は消えてしまった
音のあったその一点から
寂寞の波紋が漲る
うるし色の暗闇の夜を
音のない夜を
寂寞の波紋が宇宙大に広がる
芭蕉は芭蕉を見失つた
無限大虚無(ニヒル)の中心の一点である
草野心平「古池や蛙とびこむ水の音」in 『草野心平詩集』
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2008年10月20日
秘書室にいる彼女が一番美しい

Kagoshima, septembre 2008
「ゆうべ,やっと彼が来てくれたのが,十時過ぎよ。ぐったり疲れてたわ。なにせ五時間も汽車に閉じ込められたって言うんだから。でも本当に疲れたのは私のほうなのよ。じっと身じろぎもせず,どんなささいな音にも耳を澄ませて,ただ待つだけなの。朝から支度したせっかくの料理は冷めてしまう。外はどんどん暗くなる。お化粧は崩れてゆく。もうこれ以上我慢できない,ぎりぎりのところまで私は待ったの。これ以上待ったら気が狂ってしまうところまでね」
彼女は髪の中に指を滑り込ませ,まつげを伏せた。ボールペンが机の上を転がった。首筋は白く,肩はほっそりとし,目元はまつげの影が映っていた。
「こんなふうに言ったのよ。あの人。『汽車の中でずっと考えていたんだ。何か目に見えない力が,僕を引き止めているんだってね。今はまだその時期じゃないんだ,だから雪なんか降るんだ。もう少し待ってほしい。お願いだから,もう少しだけ......』で,そのあとはいつも通りよ。抱き合うの。私たちにはそれしか残っていないの」
彼女が裸にされる。髪や皮膚や粘膜の上を,助教授の指が這う。そんなことはとても信じられない。秘書室にいる彼女が一番美しいのだ。エアメールに封をする姿だけが,すべてなのだ。
小川洋子「白衣」in『寡黙な死骸 みだらな弔い』
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2008年10月17日
小さな幸福に背を向ける

Kagsohima, juin 2008
「わたしを束ねないで」
わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色の稲穂
わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音
わたしを注がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮 ふちのない水
わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
座りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風
新川和江「わたしを束ねないで」in『国語3』(光村図書,中学3年生国語教科書)
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2008年10月16日
母の顔に刻まれたシワ

Kagoshima, juin 2007
ひばりは,いう。
「母の顔に刻まれたシワの一つ一つに,苦しかった悲しかった日々の記憶を私は見ます。やさしくその額を,ほおをなでてあげたい。母はいいます。
和枝がいなかったら,私はきっとただの魚屋のオカミサンで,一生を終わったろうね。お前のような娘をもって,私は幸せだよ。
結婚し,子供を生み,平凡な生涯にいのちを埋める。それだけが,女の幸福ではないと母はいうのです。だってお前,オカミサンだって世の中に出て,何かしちゃいけないって法律はないんだからね,って。
東京山谷,生粋の下町で育った母には,そんなたくましいいちずな庶民の負けじ魂が,江戸っ子の気風が脈うっているのです。そしてその血は,私の体内に流れています。母の顔をみつめて,心の中で私はつぶやきます。
......いいえ,お母さん。私がこうして一人前になれたのは,あなたのおかげです。お母さんと和枝と二人で美空ひばりという歌い手をつくったのです。お母さん。あなたが美空ひばりなのよ」(『女性自身」一九六四年六月二九日号「母 なによりも強く,やさしく」)
竹中労『完本美空ひばり』
タグ :竹中労
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2008年10月15日
慾望

Bordeaux, avril 2008
「実はまだ買いたいものがあるんだがな」
「何をお買いになるつもりだったの」
健三は細君の前に特別な品物の名前を挙げる事ができなかった。
「たくさんあるんだ」
慾に際限のない彼の言葉は簡単であった。
夏目漱石『道草』
タグ :夏目漱石
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2008年10月14日
自然の抱擁

Takachiho, août 2008
「いいのか」
自然の抱擁のなかの二つの孤立
イヤ 億万の孤立
普遍・断然たる孤立
神よ それでいいのだ
暴君と馬
それでいいのだ
鉄蹄(ひづめ)とおれたち
それでいいのだ
そればかりではない
それでいいのだ
いいのか!
草野心平「いいのか」(『第百階級』)in『草野心平詩集』
タグ :草野心平
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2008年10月10日
雨...

Kagoshima, juin 2008
雨はしとしと市(まち)にふる。
アルチュール・ランボー
巷に雨の降るごとく
わが心にも涙ふる。
かくも心ににじみ入る
このかなしみは何やらん?
やるせなき心のために
おお,雨の歌よ!
やさしき雨の響きは
地上にも屋上にも!
消えも入りなん心の奥に
ゆえなきに雨は涙す。
何事ぞ! 裏切りもなきにあらずや?
この喪そのゆえの知られず。
ゆえしれぬかなしみぞ
げにこよなくも堪えがたし。
恋もなく恨みもなきに
わが心かくもかなし
ポール・ヴェルレエヌ「巷に雨のふるごとく...」in 『ヴェルレーヌ詩集』/ 堀口大學訳
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2008年10月09日
2008年10月08日
始めてあの人に会った時...

Aso, mai 2008
「初めて兄貴に会った時,どう思った?」
「そうね......」
もったいぶって私は紙コップのコーヒーを揺らし,ゆっくりと一口飲み込んだ。
本当はその質問にはすぐ答えられた。あの日のことを,忘れるはずがなかった。
「変に思わないでね」
彰はうなずいた。
「自分は選ばれた人間だって,感じたのよ」
〔...〕続きの言葉を聞こうと,彰はじっとこちらを見ていた。
「この人に出会えるなんて,私は神様から特別に選ばれた人間に違いない,そう思ったの。......おかしいわね」
私は紙コップをベンチの下に置き,足を組み替えた。〔...〕爪先がじんじんした。
小川洋子『凍りついた香り』
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2008年10月07日
逝く夏の歌

Paris, septembre 2007
「逝く夏の歌」
並木の梢が深く息を吸って,
空は高く高く,それを見ていた。
日の照る砂地に落ちていた硝子を,
歩み来た旅人は周章(あわ)てて見附けた。
山の端は,澄んで澄んで,
金魚や娘の口の中を清くする。
飛んでくるあの飛行機には,
昨日私が昆虫の涙を塗っておいた。
風はリボンを空に送り,
私は嘗て陥落した海のことを
その波のことを語らうと思ふ。
騎兵聯隊や上肢の運動や,下級官吏の赤靴のことや,
山沿ひの道を乗手もなく行く
自転車のことを語らうと思ふ。
中原中也「逝く夏の歌」in『中原中也詩集』
タグ :中原中也
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23:25
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2008年10月06日
聖なる怪物

Tokyo, mars 2008
「歌います。すると,お客さまの心がピーンと伝わってくるんです。目をつぶっていても,隅のほう,大むこう,上手,下手,劇場(こや)のあらゆる場所から楽しい気分や悲しい気分がはねかえってきます。それと一つになること,溶けこんでいくこと......。
どういうふうにって,具体的に説明しろっていっても無理よ。そうねえ,網を打つでしょ。それをギューッと自分のほうにひっぱってくる。あの気分と似てるんじゃない?でも,そのとき,自分ってものは消えちゃうの,網のなかのお魚にね,自分もなっちゃわないとダメなのよ。むずかしいな。ともかくそんなふうなの」
竹中労『完本美空ひばり』
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2008年10月03日
2008年10月02日
男と女の悲しみ

Bordeaux. mars 2007
「かわいい小さなつばめさん,おまえはふしぎなものの話をしてくれるが,しかし男と女の悲しみこそ,何ものにもましてふしぎなものなのだ。悲惨(ミゼリー)にまさる神秘(みすてりー)はない。わたしの町の上を飛んで,ちいさなつばめさん,そこで目にうつるもののことを話しておくれ」
オスカー・ワイルド「幸福な王子」in『幸福な王子』/ 西村孝次訳
タグ :オスカー・ワイルド
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2008年10月01日
未完の愛

Cenon, avril 2008
「たんぽぽ」においては誰も,稲子を狂人扱いすることはできない。それどころか,稲子と久野の間に,一つの完成された純粋な愛の関係を感じることができる。稲子は久野に抱かれていながら,久野が見えない。感触だけは残して,肉体が消滅している。久野に対する嫌悪からではなく。あまりに深い愛のためにそうなるのである。
〔...〕
愛の結果として肉体がもたらすものへの不安が,彼女を人体欠視症にしたのだろうか。肉体がないところにある,愛の形を確かめたかったのかもしれない。彼女は形のないものを見ようとしたのだ。
肉体が感じるもの,肉体が語るものをすべて排除したあとに何が残るか,余計なものが蒸発したあとに残る結晶はどんな形や色をしてるのか。久野と稲子二人の場面はわずかしか描かれていないのだが,それが読み手にもじわじわと見えてくる。久野と母親の会話と回想にしかあらわれない稲子の姿が,段々と見えてくる。読み手もまた,この物語の中で,見えないものを見てしまう。
そして結局,未完であるがために,見えていたものの形を完全にとらえることはできない。白いたんぽぽをもう一度,見に行くこともできない。ふと気がつくと,それはまた見えないものに戻っていて,物語は消える。
未完のおかげで,見えないものを見せてもらえた。これは,終わる必要のない小説なのかもしれない。
小川洋子「見えないものを見る:「たんぽぽ」(川端康成)」in『妖精が舞い下りる夜』
タグ :小川洋子
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22:53
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