2011年01月15日
自分たち夫婦は十五年もの間...

Sakamoto, juillet 2010
バアの話しもしなかったけれど,会社勤めのつらい思いをこんな風に話したことはこれまであったかしら。
夫がそのような気持ちで会社に行っていたということは,彼女に取っては初めて知ることなのだ。とすると,何という,うっかりしたことだろう。いったい自分たち夫婦は十五年もの間一緒の家に暮らしていて,その間に何を話し合っていたのだろうか?
夫の帰宅が毎晩決まって夜中であり,朝は慌てて家を飛び出して行くという日が続いて来たとしても,自分たちは大事なことは何一つ話し合うことなしにウカウカと過ごして来たというのだろうか。休日には家族が一緒に遊びに出かける習慣は守られていたが,そんな時,夫はどんなことを自分に云い,自分はどんなことを尋ねていたのだろう。彼女は,夫が会社勤めということに対してあのような気持を抱いていようとはついぞ考えてみたこともなかったのである。ただ,遊び好きの人間のように思っていて,それで毎晩夜中になるまで帰って来ないのだと,何でもなく考えていたのだ。
庄野潤三「プールサイド小景」in『プールサイド小景・静物』
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2011年01月06日
家庭の危機というものは...

Sendai, septembre 2010
家庭の危機というものは,台所の天窓にへばりついている守宮(やもり)のようなものだ。
それは何時からと云うことなしに,そこにいる。その姿は不吉で油断がならない。しかし,それはあたかも家屋の内部の調度品の一つであるかの如くそこにいるので,つい人々はその存在に馴れてしまう。それに誰だってイヤなものは見ないでいようとするものだ。
庄野潤三「舞踏」in『プールサイド小景・静物』
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