2009年12月28日
武器

Kanoya, mai 2006
私は荒野しか見えない一軒家の壁に吊られた父の拳銃にさわるのが好きであった.それは,どんな書物よりもずっしりとした重量感があった。父はときどきそれを解体して掃除していたが,組み立て終わるとあたりかまわず狙いをさだめてみるのだった。その銃口は,ときに私の胸許に向けられることもあったし,ときには雪におおわれた荒野に向けられることもあった。今も私に忘れられないのはある夜,拳銃掃除を終わった父の銃口が,まるで冗談のように神棚に向けられたまま動かなくなったことだった。びっくりした母が,真青になってその手から拳銃を奪いとって,「あなた,何するの」とふるえ声で言った。神棚には天皇陛下の写真が飾られてあったのである。
寺山修司「誰か故郷を想はざる」in『寺山修司詩集』
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16:44
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2009年12月20日
巡礼

Lyon, mars 2009
老婆の瞳はこんなに濃い黒色をしているのだろうかと,僕は不意をつかれた。冬の闇よりも深く,目に映るものすべてを吸い取って,なお表面は揺らぐことなくしんとしていた.身体は朽ちてしまったのに,瞳だけが生き残ってそこにあるかのようだった。
庭師は老婆を背負ったまま博物館を一周し,僕たちはその後ろを付き従った。誰も口を開かなかった。老婆の苦しげな息遣いが,途切れがちに漏れてくるばかりだった。窓は夕暮れの色に染まり,雪の形がよりはっきりした影になって舞い落ちていった。風の音は届かず,林は遠くで凍え,その向こうにははや夜の世界が忍びこんでいた。
それは死者たちを弔う巡礼だった。老婆のかすれた息は,弔いのための哀歌だった。
小川洋子『沈黙博物館』
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2009年12月18日
落陽

Aso, septembre 2007
「行行子の挽歌のなかで」
ああ。
沈む。
血の日輪が。
ふるへながら。
城壁の。
凸凹の歯ぐきをみたし。
血みどろが。
ふるへながら。
ああ。
しずむ。
草野心平「行行子の挽歌のなかで」in『草野心平詩集』(『日本砂漠』)
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2009年12月16日
道

Tokyo, septembre 2009
道,綱ぐ憑れ!
道!性器のシュプール
道!移動祝祭日!
道!額からの爆音
道!長大なカラー・フィルム
道!手の輝き
道,彫られて燃える死の道!
道!塩砂漠を遠征するバガボンド!
道は光の千の道
道は暗黒の千の道
道は花のアル……パ,オメガ
道!権威,非権威,非人,非道,一人しか通れないのか
道に集まるな
道にはあの不死鳥(フェニックス)が飛んでいる
道には復讐法が制定され,黄金の柱が立つ
…………
ああ
この武蔵野に
続々と人の集まってくる気配
吉増剛造「道」(抜粋)in『続・吉増剛造詩集』(『黄金詩編』)
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2009年12月15日
なつかしい人の木

Kagoshima, novembre 2007
「Under the Tree」
そこではいつも対訳のように
静かに雨は降り始めた
未婚のたましいがゆれている
多年草の草地には
いつか美しく呼び捨てにされた
一本の木がたっている
(すこし,ふとりましたよ)
すずしい話し声も聞こえて
それは なつかしい
ひとの木,と呼ばれた
(あ,まみむめも あなたをすき)
しかられた子供がやってくる
年子の姉妹もやってくる
under the tree
木の下で
小池昌代「Under the Tree」in 『小池昌代詩集』(『青果祭』)
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2009年12月14日
ふたりがはじめて...

Kagoshima, novembre 2008
「ペダンの夜」
ペダンの夜
大気は女の肉香で息苦しい
遠く,ものがなしい笛が,毒蛇を誘(おび)ている。
炎暑でつらいからだを,腹這ひになつて,
女は,ごろごろ鳴る腹を,石でひやしてゐた。
……そのひらべつたい腰のまはりを飾らうとおもつて
私は,自分の前歯をコンコン砕(か)いていた
驟雨(シャワー)!!!
ふたりがはじめて抱きあつて泣いた芳舎を
熱水の雨の滝つ瀬が,破れた蕃扇のやうにゆすぶつた。
(おゝその女は,夜,夜は今どこにある。)
その晩雨水をふるふ森のなかを
雨晴れのすゞしい風がふきぬけた。
黒い野猿がキ,キと叫ぶ枝のしたを,
鮠魚を突く土蕃の丸木舟がおりた。
びんらう椰子のならぶ海岸には
南の星座が,繖形花(さんけいくわ)のやうにひらいた。
金子光晴「ペダンの夜」in『金子光晴詩集』(『路傍の愛人』)
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2009年12月13日
愛の隠れ場

Kirishima, novembre 2007
彼は見たかった,もう一度すべてを,泉のほとりの池を,
二人の財布をはたいて施しをしたあばらやを,
撓んだとねりこの老木を
林の奥のあちこちの人目につかぬ愛の隠れ場を
二人の魂が溶け合うまでに,すべてを忘れ,その空洞(うろ)の中で
接吻を交わした木を!
ヴィクトル・ユーゴー「オランピオの悲しみ」(抜粋)in『フランス名詩集』/ 井上究一郎訳
タグ :ヴィクトル・ユーゴー井上究一郎
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13:19
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2009年12月12日
発明

Lyon, mars 2009
発見とは,本能と方法の混合物である。
E・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』/ 細谷恒夫・木田元訳
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2009年12月08日
写真

Kyoto, février 2009
私は元来,私が理解できないものは,全部写真に撮ることにしている。その理解できないことが,写真化する作業の中で,突然見えてくることがしばしばある。
この思考の武器は,今の世の中では,だいたい幼稚化のためのオモチャと化している感があるが。それを武器(アーム)として人間と一体化すれば「私」以上の力を発揮するものなのだ。
藤原信也『東京漂流』
タグ :藤原信也
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2009年12月07日
美人の扱い方

Kagoshima, octobre 2009
「ヘレネーを船に送り返せ
ギリシャ人の顔をした仲間のもとに,災いがわれわれの間に起きないように
災いに災いがつづき,われわれの子たちは呪われている
みよ,ヘレネーが女神のように歩いている
そして神のような顔立ちと
ショエネウスの娘たちとの声をそなえている
彼女がゆくところは破滅がつきまとっている
ヘレネーを船に送り返せ
ギリシャ人の声のもとに」
エズラ・パウンド「詩編」(抜粋)in『エズラ・パウンド詩集』
タグ :エズラ・パウンド
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22:36
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2009年12月04日
喪服姿の少女

Lyon, mars 2009
喪服姿の少女はエレガントだった。質のいい絹で仕立てられたワンピースは柔らかく彼女の身体を覆い,風が吹くとフレアーになった裾が揺れて膝が少しだけのぞいた。黒い色に包まれると,透明な肌がより際立って見えた。彼女が僕の方に振り向くたびに,髪の毛が服と触れ合って,カサカサつぶやくような音を立てた。
小川洋子『沈黙博物館』
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22:01
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2009年12月02日
森

Takachiho, août 2008
月光のなかで,森がなんと息づいていることか。身をすくめ,ちぢこまり,凝集し,樹木だけがやけに高くなったかとおもえば,やがて今度は,拡散して,斜面という斜面をずり落ち,ただ低い灌木だけになり,さらに微細化し,ついには茫洋とかすんだ微光となってしまう。
カフカ「断片:ノートおよびルーズリーフから」in『カフカ全集3』
タグ :カフカ
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23:10
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2009年12月01日
想像

Kagoshima, juillet 2008
「想像を奴隷の状態にひきさげることは,人間の自我の内奥にある最上の判断のすべてを侵すことである。ただ想像だけが,何が可能かをわれわれにしめす」(「アンドレ・ブルトン」)
寺山修司「犯罪的想像力:エロス的詩学への八〇〇〇字」in『寺山修司詩集』
タグ :寺山修司
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