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Posted by チェスト at

2009年11月27日

女子のからだ


Saint-Sève, mars 2008

「傘を持つのはどうだろう」

女子のからだが移ってくる
噛んでいたものをはなして来たのだ
自分の背丈をのこして
休む気になれない
もうずっとむこう
マッチケースのむこうの
アルミサッシのうえで
青いカバンのからだが浮いている
ほんとうに浮いているみたいだ
動かないのよ足場が去っても
糸のように
流れるんじゃないよ


雨が降っても
周五郎の一行を出すんじゃないよ
それよりも傘を
ひらくなら
いいかたちに
かたちに

仔牛と仔犬の流れる街だ
こんな日には
女子から遠くはなれて
ニューズに
会いにいくのもいい
それにわからないことだらけだ
晴れてきても
傘をいいかたちに
いいかたちに

荒川洋治「傘を持つのはどうだろう」in『荒川洋治詩集』(『あたらしいぞわたしは』)
  
タグ :荒川洋治


Posted by Nomade at 22:03Comments(2)

2009年11月25日

海底旅行




Bordeaux, mars 2006

 この異様なる海底旅行によって,千代子の心は,人間界の常套を逃れ,いつしか果知らぬ夢幻の境をまよい始めていました。T市のことも,そこにある菰田家の邸のことも,彼女の里方の人達のことも,皆遠い昔の夢の様で,親子も夫婦も主従も,その様な人間界の関係などは,霞の様に意識の外にぼやけて了って,そこには,魂に喰い入る人外境の蠱惑と,それが真実の夫であろうがあるまいが,ただ目の前にいる一人の異性に対する,身も心も痺れる様な思慕の情が,闇夜の空の花火の鮮かさで,彼女の心を占めていたのです。


江戸川乱歩「パノラマ島綺譚」in『江戸川乱歩全集 第2巻』
  
タグ :江戸川乱歩


Posted by Nomade at 19:56Comments(0)

2009年11月22日

若きわが世




Tanegashima, juillet 2006

「仇敵」  シャアル・ボオドレヱル

若きわが世は日の光ところまばらに濡れ落ちし
暴風雨(あらし)の闇に過ぎざりき。
鳴る雷(いかずら)のすさまじさ降る雨のはげしさに,
わが庭に落残る紅(くれない)の果物(くだもの)とても稀なりき。

されば今思想の秋にちかづきて,
われ鋤(すき)と鍬(くわ)とにあたらしく,
洪水(でみず)の土地を耕せば,洪水は土地に
墓と見る深き穴のみ穿(うが)ちたり。

われ夢む新なる花今さらに,
洗はれて河原となりしかゝる地に
生(おい)茂るべき養(やしな)ひをいかで求め得べきよ。

あゝ悲し,あゝ悲し。「時」命をくらひ,
暗澹(あんたん)たる「仇敵(きゅうてき)」独り心にはびこりて,
わが失へる血を吸ひ誇り栄(さか)ゆ。


永井荷風『珊瑚集:仏蘭西近代抒情詩選』
  


Posted by Nomade at 19:54Comments(0)

2009年11月21日

彼女の赤い臀(しり)




Takachiho, août 2008

「航海」

蒸暑い。……白ペンキの船欄干に
豹の毛皮の波の照返し。
なんだ。麦酒(ビール)はみんな,ぬるま湯ぢやないか。

……私の船は今,木曜島沖を横振してゐる。あたまでつかちな煙突と,通風管。

放縦なダヤーク人の裸の良候(ボン・クリマ)だ。
私は,人骨に彫りをした首飾りを
胸のところでカタカタ鳴らしてみた。

彼女の赤い臀(しり)の穴のにほひを私は嗅ぎ
前檣(ぜんしやう)トップで,油油にひたつてゐた。

跛(びつこ)になつた海鳥がピーピー鳴きながら
骨牌(かるた)のやうにしづかにひるがへる。


金子光晴「航海」in『金子光晴詩集』(『路傍の愛人』)
  
タグ :金子光晴


Posted by Nomade at 19:49Comments(0)

2009年11月20日

きもちで計る




Lyon, mars 2009

「水底の冬」

夜明けちかくに目をさまし
足をのばすとシーツには
まだあたたまってないところがあって
つめたい木綿が
ひんやりと指先にあたる

この感覚は大昔の記憶
(深海魚の孤独)

太陽が届かない湖の底に
目を病んだ魚がいて
ときどき尾っぽをゆらしている
そうやって何十年も

湖の面を見にいった日
けれど深さを計れない
(深さはいつもきもちで計るのよ)
あの日
ひろった小石をひとつ
湖に落として帰ってきた
男のひとと車で
なだらかなカーブをいくつもまがり
まだ日の高いうちに
郊外の駅で別れた

ゆらゆらと
小石がいつか底に届く と
砂がふわっとまいあがり
魚のうろこをすこし汚す

そのときを覚えずに
すぎてしまったが

足をのばすとシーツには
あたたまっていないところがあって
まだ 届かない小石

きっと途中をいそいでいる

小池昌代「水底の冬」in『小池昌代詩集』(『水の町から歩きだして』)
  
タグ :小池昌代


Posted by Nomade at 21:03Comments(0)

2009年11月18日

誤植




Lyon, mars 2009

希う罪よりも偉大な罪によってぼくは罰せられるのだろう
大理石の崖を通過して,世界は雲母のようにはがされてゆく
海ははがれて,大竜巻の穴がのぞいている,小さな穴,その底の真新し板
ああ 頭髪が浮く!
星は天の誤植だ!神も誤植だ!
愛も誤植だ! わけても時計の文字盤の凄い不安,意志は平定された愛だ!

吉増剛造「声」(抜粋)in『続・吉増剛造詩集』(『黄金詩編』)
  
タグ :吉増剛造


Posted by Nomade at 22:04Comments(0)

2009年11月17日

母性の利益




Kirishima, octobre 2009
 
 母性をめぐる男たちの議論に最初に耳をかたむけたのがブルジョワジーの女たちだったことはけっして偶然ではない。貧乏ではなく,さりとて特別に裕福でもなく,才能があるわけでもない中流階級の女たちは,この新しい役割の中で,貴族が求めなかった地位上昇と解放の機会を見出したのである。
 子どもの教育をその手に引き受けることによって,ブルジョワジーの女は自分の個人的な地位を,二つの面で,向上させた。昔からもっていた鍵の権力(家庭の物質的財産にたいする権力)に加えて,子どもという人間存在にたいする権力をも手中にしたのである。それによって彼女は家庭の中心軸となった。家と財産と人間にたいして責任を負うことによって,母親は聖別されて「家庭の女王」になったのである。

エリザベート・バダンテール『母性という神話』/ 鈴木晶訳
  


Posted by Nomade at 19:23Comments(0)

2009年11月12日

記事にならない事件




Kagoshima, mars 2008

「記事にならない事件」

見ましたか? とある森かげ
しなやかに伸ばした少女の腕から
枝がのび 葉が生えて
みるまに いっぽんの木になってしまったのを
見ましたか? 青年がその木のそばで
紺の上着を脱ぎ捨てた
とみるまに鳩になったのを

 (電話のベルは鳴りっぱなし
  誰もでない 誰もいない 今日は日曜日)

郊外電車にあかりがつくと
人たちはそそくさとまたにんげんを着て
ビジネスの街に帰ってくるが
聞きませんか? このころ近くの牧場では
休日のあと 見馴れぬ馬が
一頭や二頭 きまってふえているという話を

 (電話のベルは鳴りっぱなし
  誰もでない 誰もいない 月曜日が来ても)

新川和江「記事にならない事件」in『新川和江詩集』
  
タグ :新川和江


Posted by Nomade at 23:15Comments(2)

2009年11月11日

路傍の子供




Kagoshima, novembre 2008

「(生没の長きを述べよ)」

海の波浪,
山の波浪,
引いてゆく潮に,一千も二千も
こころの言葉を洗いに行くな
みちてくる潮に,洗いに行くな
路傍の子供はハコベラを摘む
路傍の子供は死の釘を打つ
海の波浪,注意
山の波浪,注意
われらを墓として建てる者
生没の長きを述べよ
久しい土地,生存せよ
人の川,
人の塔,
生存せよ
比類なきものは亡者の手に。
やむなきものも亡者の手に。
やがて行ける土地,
路傍の子供はハコベラを摘む
路傍の子供は死の釘を打つ

稲川方人「(生没の長きを述べよ』」in『稲川方人詩集』(『われらを生かしめるものはどこか』)
  
タグ :稲川方人


Posted by Nomade at 21:57Comments(0)

2009年11月10日

あたらしいぞわたしは




Kagoshima, décembre 2008

気のそよいだところで風がやみ
また
先が見えなくなった
来る月はあたらしい落葉とのぶつかり合いだ
この分ではさけられぬ,このほうの
生き血のあらため
あたらしいぞわたしは

荒川洋治「あたらしいぞわたしは」(抜粋)in『荒川洋治詩集』(『あたらしいぞわたしは』)
  
タグ :荒川洋治


Posted by Nomade at 23:24Comments(0)

2009年11月07日

ああああああ




Osaka, février 2009

ああああああ。
きのふはおれもめしをくひ。
けふまたおれはうどんをくつた。
これではまいにちくふだけで。
それはたしかにしあはせだが。
こころの穴はふさがらない。
こころの穴はきりきりいたむ。

草野心平「わが叙情詩」(抜粋)in『草野心平詩集』(『日本砂漠』)
  
タグ :草野心平


Posted by Nomade at 16:04Comments(0)

2009年11月01日

坂のある町




Paris, mars 2008

「坂のある町」

坂のある町を歩くと
空がきゅうに
近くなったり 速くなったりした

S坂の途中には竹林がある
こがらしのふく夕方に通りすぎるとき
つめたい水で ほそい骨を
洗っているような音がして
黒目がすこしずつ脱色されていく

そして くだり坂
わたしのなかへも
坂と同じだけの傾斜が
ゆっくりかかり始めた
はくじょうするのによい角度
とこいびとに背中をおされる

ポケットには分度器を
わたしのものさし
にして
もち歩く

小池昌代『小池昌代詩集』(『水の町から歩きだして』)
  
タグ :小池昌代


Posted by Nomade at 22:26Comments(0)