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Posted by チェスト at

2008年12月30日

お願い




Bordeaux, août 2007

ほんの一言だけでいい。お願い。とだけ言ってごらん。ほんの一度だけ空気をふるわせたらいい.おまえが生きており,待っていることを証してくれればいい。いや。お願いなどよして,息づくだけでいい。いや,息づくまでもなく,そう思うだけで,いや思うまでもなく,ただ安らかに眠っておくれ。

カフカ「断片:ノートおよびルース・リーフから」/ 飛鷹節訳 in 『カフカ全集第三巻』
  
タグ :カフカ


Posted by Nomade at 16:20Comments(0)

2008年12月29日

恋人




Sans lieu [quelque part dans le Médoc], septembre 2007

こいびとよ
あなたへの美称も枯れた
そしていまあなたに向ける蔑称は
必死に熟れつつ
透きかえる風のなか
あなたの岸をそれる

荒川洋治「雅語心中」in 『娼婦論』
  
タグ :荒川洋治


Posted by Nomade at 17:30Comments(0)

2008年12月26日

生殖




Bordeaux, mars 2007

ほっとして
腹と卵をながめた
(まあ!)
微笑みがむずがゆくわきあがってくる

睡蓮が映っている
−−キレイ キレイ
−−男たちのぐりりぐりり
水かきはすべつちやつて
目高は泡に眼くるまった
からつぽの腹によろこびがいたい

およぎつかれて 水をぬけると
蒼空が
つるい眼にすべった

草野心平「生殖 II」in『草野心平詩集』
  
タグ :草野心平


Posted by Nomade at 20:23Comments(0)

2008年12月15日

お礼




Kuju, mai 2008

こころのありたけをかけて
酬いられたことが 幾度あったろう
それは ほんのかぞえるほど

ただ 植えてあげた
ということだけなのに
お水も忘れがちだったのに
庭のシドミが
この春つけて見せてくれた
たくさんの たくさんの たくさんの
蕾!

とても
いちどにはお礼が言いきれなくて
わたくしは どもってしまう

新川和江「お礼」in『新川和江詩集』
  
タグ :新川和江


Posted by Nomade at 21:25Comments(0)

2008年12月12日

資格社会




Fukuoka, novembre 2008

〔...〕フランスは大変な資格社会である。ずいぶん前に日本の「ヤクザ」が出席したTVの討論番組で,参加者の中から「ヤクザになるのは特別な資格が必要でしょうか」という質問が出たことがある。驚くとともに,なるほどと思った。

大村敦志『フランスの社交と法:<つきあい>と<いきがい>』
  
タグ :大村敦志


Posted by Nomade at 20:28Comments(0)

2008年12月11日

思へば遠く来たもんだ




Bordeaux, mars 2007

思へば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いづこ

雲の間に月はいて
それな汽笛を耳にすると
竦然(しょうぜん)として身をすくめ
月はその時空にいた

それから何年経つたことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追ひかなしくなつていた
あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち
思へば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど

生きてゆくのであらうけど
遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこひしゆては
なんだか自信が持てないよ

さりとて生きてゆく限り
結局我ン張る僕の性質(さが)
と思へばなんだか我ながら
いたはしいよなものですよ

考へてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにややつてはゆくのでせう

考へてみれば簡単だ
畢竟意志の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさへすればよいのだと

思ふけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いづこ

中原中也「頑是ない歌」in『中原中也詩集』
  
タグ :中原中也


Posted by Nomade at 20:30Comments(0)

2008年12月10日

走る




Kagoshima, juillet 2008

 速く走ることに私は無関心だったが,できるだけ長い時間走り続けることに対しては執着した。胸の苦しみが頂点に達し,恐れさえ感じる瞬間,ふとある種の解放が訪れる。肉体だけが空気に包まれ,魂が空からそれを見守っているような,時間の流れから自分一人だけが救い出されたような,快感を覚える。それはあったいう間の感触で,すぐに消え去ってしまうのだけれど,確かにわたしをとりこにした。

小川洋子「キリンの解剖」in『刺繍する少女』
  
タグ :小川洋子


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2008年12月09日

新鮮な充溢




Bordeaux, septembre 2007

 新鮮な充溢。湧き上がる清水。嵐のような,しかも平穏な。高く昇るかと思えば,また拡張してやまぬ成長。浄福のオアシス。荒れ狂った夜の翌朝。青空にひしと胸を合わせて。平和,和解,沈潜。

カフカ「断片」in『カフカ全集3』
  
タグ :カフカ


Posted by Nomade at 20:18Comments(0)

2008年12月05日

後家




Kagoshima, août 2008

この男は教養のない男だった
彼が葬られたことを神に感謝しよう
蛆虫が彼の顔を食いつくさんことを
               アア,アーメン
だが私はジョーブのように大いに楽しもう
むろん彼の陽気な細君と

エズラ・パウンド「交友」im 『エズラ・パウンド詩集』
  


Posted by Nomade at 21:18Comments(0)

2008年12月04日

太陽




Kagoshima, décembre 2008

太陽よ!去るならいさぎよくさってしまうがよい。
いっそのこと 太陽よ! おまえが逃げ出して地球は薄暗い霊界に放置された方がましだ
太陽よ! なまじおまえがだらしなく優しい雨を家々にふrせたり 春 青い芽を土壌からすいあげたりするからいかんのだ
太陽よ! あらゆる怠惰の製造者よ! おれたちの夢をどこまでも破壊する宇宙の刺客よ! 去れ! はるかに遠く!
ああ 私の霊魂は思案中だ

吉増剛造「飛舟」in『吉増剛造詩集』
  
タグ :吉増剛造


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2008年12月03日

抱き締める




Bordeaux, août 2007

 彼が玄関を開け、入ってくる。コートとマフラーをフックに掛け、ポケットからタバコを取り出して灰皿の隣に置く。ここまでは無言が続く。わざと視線をそらしているようでもある。ところが次の瞬間、私を抱き締める。乱暴でも下品でもなく。ありのままに両腕が体を包む。
「会いたかった......」
 と、彼は言う。私は返事もしないし。うなずきもしない。ただじっとしている。彼が次に何をしてくれるか、待っている。セーターに口紅がつかないように、顔を少しだけ横に向ける。それを合図のようにして、彼は......。

小川洋子「図鑑」in『刺繍する少女』
  
タグ :小川洋子


Posted by Nomade at 20:24Comments(0)

2008年12月02日

詩を誤解している人々へ




Pairs, mars 2008

詩は人の考えるように感情ではない。詩がもし感情だったら,年少にしてすでにあり余るほど持っていなければならぬ。詩は本当は経験なのだ。1行の詩のためには,あまたの都市,あまたの人々,あまたの書物を見なければならぬ。あまたの禽獣を知らねばならぬ。空飛ぶ鳥の翼を感じなければならぬし,朝開く小さな草花のうなだれに羞(はじ)らい究めねばならぬ。まだ知らぬ国々の道。思いがけぬ邂逅。遠くから近づいてくるのが見える別離。ーーまだその意味がつかめずに残されている少年の日の思い出。喜びをわざわざもたらしてくれたのに,それがよくわからぬため,むごく心を悲しませてしまった両親のこと(ほかの子供だったら,きっと夢中にそれを喜んだに違いないのだ)。さまざまの深い重大な変化をもってふしぎな発作を見せる少年時代の病気。静かなしんとした部屋で過ごした一日.海ベリの朝。海そのものの姿。あすこの海,ここの海。空にきらめく星くずとともにはかなく消え去った旅寝の夜々。それらに詩人は思いをめぐらすことができねばならぬ。いや,ただすべてを思い出すだけなら,実はまだなんでもないのだ。一夜一夜が,少しも前の夜に似ぬ夜ごとの閨[ねや]の営み。産婦の叫び。白衣の中にぐったりと眠りに落ちて,ひたすら肉体の回復を待つ産後の女。詩人はそれを思い出に持たねばならぬ。死んでいく人々の枕もとに付いていなければならぬし,開け放した窓が風にかたことと鳴る部屋で死人のお通夜もしなければならぬ。しかも,こうした追憶を持つだけなら,一向なんの足しにもならぬのだ。追憶が多くなれば,次にはそれを忘却することができねばならぬだろう。そして,再び思い出が帰るのを待つ大きな忍耐がいるのだ。思いでだけならなんの足しにもなりはせぬ。追憶が僕らの血となり,目となり,表情となり,名前のわからぬもとのとなり,もはや僕ら自身と区別することができなくなって,初めてふとした偶然に,一編の詩の最初の言葉は。それら思い出の真ん中に思い出の陰からすっぽり生まれて来るのだ。

リルケ『マルテの手記』
  
タグ :リルケ


Posted by Nomade at 22:24Comments(0)

2008年12月01日

言葉の音楽




Amami, octobre 2008

 「人生は人を消耗させるのだよ,ジャンヌ,いつか君も分かるさ。だから人生を穏やかにするには,あらゆるものを使わないとね。そして,それには韻が一番さ。ああ,そいつはたいていどこかに隠れてる。見つけ出すのは簡単じゃない。でも,いちどそれぞれの文の最後に取り付けてしまうと,それらはこだまし合うのさ。親しげに手を振ってるように見えてくる。君に合図を送り,優しく君の心を穏やかにしてくれる。私は自分が見つけ出した韻なしには,もう生きていけないと思うな。」

エリック・オルセナ『文法は優しき歌』/拙訳
  


Posted by Nomade at 20:38Comments(0)