2008年09月29日
グルメの季節
Cenon, septembre 2007
「舌」
甘味は橙黄(オレンヂ),辛さは白,苦いのは黄,酸っぱさは青,渋みは褐。これで五つの味と,
フランスのあかんぼ詩人もどきに,私はうたふ。
海底(うなそこ)の岩間にうごめく海鼠にも似た,
舌は,歓楽の調律師,人生調和の根元。
ソロモンの栄華も,阿房の饗宴も,
舌がもつおごりの数々にしかず,
雁の肝,熊のてのひら,猿の脳,孔雀の舌,
舌が誘ふ珍奇をもとめて,はるか東方に旅立つたというローマの貴族たち。
舌は世界を放浪する,砂漠で渇き,曠れ野餓えつつ,
つねにみちたることをしらぬもの。
ひきちぎつて捨てろ,欲望の女ねぢ。
軽石と溝(どぶ)の水を与へよ。懲罰のため。
あ々,百歳の苦難もなんのその,
生涯を賭けて我舌が求めるもの,
大牢の美味の上越す美味,千万金にもかへがたいもの,
それこそは,恋人の唇。
金子光晴「舌」in 『金子光晴詩集』
Posted by Nomade at 10:10│Comments(0)