2012年02月13日
誘惑の倫理
Tokyo, juillet 2009
なに,お前〔=スガナレル〕 は最初に出来た女といつまでもくっついていろ,その女のために世間と縁を切れ,ほかの誰にも目をくれるな,と,こう言うんだな?女房孝行なんて愚にもつかぬ名誉を鼻にかけ,ひとつの恋を後生大事に老いさらばえ,若いうちからほかの見とれるような別嬪たちに目をつぶっていようとは,いやはや結構な了見さね!まっぴらごめんだ。惚れ抜くなんて芸当は,ばか者だけに任せておくさ。美しい女はみんなおれたちをとりこにする権利があるんだ。最初に出会ったのを笠に着て,ほかの女たちが男の心をとらえようとする無理からぬ望みを断ち切るって法があるものか。おれは,美しい女を見たら最後,ぞっこんまいってしまう。女が男を引きつける心地よい暴力の前には,手もなく丸められてしまうものだ。〔…〕要するに,恋心のきざし始めというものは,えも言われぬ魅力があるものだし,総じて恋愛の楽しみは,移り変わる中にあるものとも言える。口説の限りをつくして,若い女の心をなびかせてゆく。日一日とすこしずつ効き目のほどを見とどける。熱情や,涙や,ため息で,嫌がって降参せぬあどけない清らかな魂を攻め落とす,かよわい抵抗のことごとくを,一歩一歩と打ち破る。操大事と気をもむのをおさえつけ,思いどおりのところへ女をそっと連れてくる。これほどの楽しみはほかじゃめったに味わえない。ひとたび手に入れた最後,もう文句も希望もあったものじゃない。美しい情熱は跡形もなく消え去って,こうした恋の静けさについうとうと眠りこむ。新しい美しい女があらわれて,こちらの情欲をかき起こし,ものにせずにはいられない魅力で誘いの水をかけてくれない限りはだ。ともかくさ,美しい女が抗らうのをなびかせる,こんな気持のいいことはない。その点,おれは征服者の野心を持っている,絶えず勝利から勝利へと突き進み,希望に限りをつけることができないのだ。おれの情欲が燃え出したら,なにを持ってこようが消し止められたものじゃない。おれは地上のことごとくを愛したいような気がする。おれの恋の征服をひろげるには,アレクサンダー大王と同様,別の世界があって欲しいと願わずにはいられない。
モリエール『ドン・ジュアン』(第1幕第1場)
Posted by Nomade at 11:08│Comments(0)