2008年09月05日

女房・旅人・農夫

女房・旅人・農夫


Saint-Sève, mars 2008

 街道を歩いていると,一人の農夫がとびだしてきて,ぼくを引き止め,いっしょに家まで来てくれないかと頼んだ。もしかして,力を貸してもらえないだろうか,という。実は女房と喧嘩していて,生活がおもしろくない。〔...〕ぼくはこう言った。〔...〕よそ者のぼくが,彼を助けることができるかどうか,きわめて疑問だ。〔...〕彼の女房にたいしては,ぼくはまず無力だろう。女が口うるさいのは,通常,亭主の本性に原因があるものだ。諍いを望まないというからには,彼自身,これまでだってそれに成功しなかった。とすると,どうしてぼくが成功するだろう。ぼくにできることといえば,せいぜい,彼女の矛先をぼくに向けさせるくらいなことだ。〔...〕そのあと率直に,尽力すればどれだけ報酬をくれるか訊いてみた。彼は,その点なら話は簡単だ,すこしでも役立ってくれたら,望みのものを持っていってかまわないと言う。それを聞いて,ぼくは立ち止まり,そんな漠然とした約束ではこまる,毎月いくらくれるのか,正確に取り決めてもらいたいと言った。彼は僕が月給を要求したことに呆れていた。ぼくのほうは,彼が呆れたことに呆れた。いったい彼は,二人の人間が生涯かけてぶち壊してきたことを,ぼくが二時間ばかりで元に戻せると思っているのだろうか。そして二時間後には,ぼくが,一袋の豌豆を報酬として受けとり,感謝して彼の手に口づけし,ふたたびぼろを身にまとって,凍てついた街道をあてもなくまた歩きはじめているだろう,とでもいうのだろうか?とんでもない!農夫は,押し黙ったまま,頭をたれ,しかし緊張して聞いていた。ぼくはさらに言葉を続けた。むしろぼくは,長期にわたって,彼のところに滞在しなければなるまい。そして,まずあらゆることを知りつくし,事態改善のための手がかりを,丹念に探しだすのだ。だが,それからも引き続き,さらに長期間,滞在する必要がありそうだ。そうしてはじめて,可能な範囲でだが,本当に秩序を立て直せるのではあるまいか。しかしその時には,ぼくはすでに老い疲れ,もはや立ち去ることなど論外で,ゆっくり休養させてもらい,かれら一同の感謝を享受することになるだろう。

フランツ・カフカ「断片:ノートおよびルーズ・リーフから」 / 飛鷹節訳in『カフカ全集3』

月並みな感想ですが,カフカにおいてはすべてが神々しい...

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Posted by Nomade at 07:30│Comments(0)
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