2009年10月01日
愛は まるまる肥る豚……
Paris, mars 2008
「比喩ではなく」
水蜜桃が熟して落ちる 愛のように
河岸の倉庫の火事が消える 愛のように
七月の朝が萎える 愛のように
貧しい小作人の家の豚が痩せる 愛のように
おお
比喩ではなく
わたしは 愛を
愛そのものを探していたのだが
愛のような
ものにはいくつか出会ったが
わたしには掴めなかった
海に漂う藁しべほどにも このてのひらに
わたしはこう 言いかえてみた
けれどもやはり ここでも愛は比喩であった
愛は 水蜜桃からしたたり落ちる甘い雫
愛は 河岸の倉庫の火事 爆発する火薬 直立する炎
愛は かがやく七月の朝
愛は まるまる肥る豚……
私の口を唇でふさぎ
あのひとはわたしを抱いた
公園の闇 匂う木の葉 迸る噴水
なにもかも愛のようだった なにもかも
その上を時間が流れた 時間だけが
たしかな鋭い刃を持っていて わたしの頬に血を流させた
新川和江「比喩ではなく」in『新川和江詩集』
Posted by Nomade at 23:01│Comments(0)