2009年08月18日

<君が欲しい>

<君が欲しい>


Kagoshima, novembre 2008

ノン・レトリックII  マルセル・カミュの映画「熱風」をみる

黒人ベイジャフロールが
電報を打つ
フォルタレザからバイアへ
恋人の待つバイアへ
<私が行く>と

−−愛している とか
  早く顔がみたい とか
  つけ足さなくてもいいのかね
ーー必要ないね
  愛しているのは あたりまえ
  早く顔が見たいのも あたりまえ
  <私が行く>それが現在の私のすべて

フォルタレザがからバイアへ
ぐい!
と一本彼はロードをひいたのだ
熱いかまどで焼きあげた石で
ハートで
靄などかかるいとまがあろうか
その上をまっしぐらに飛んで<私が行く>

木よ 何故言わない?
東京 メーン・ストリート
並木の青葉は矢鱈にかげりが多すぎる
不要な枝葉をすっぽりとはらい落とし
なぜ言わない? たくましい幹もあらわに<ここに私が立つ>と
靴よ 定期入れよ カフスボタンよ
都会の甘い夕暮れのなかに
なぜ語尾をにごらせ融和してしまうのだ?

男よ 何故言わない?
一杯のコーヒーが熱いあいだに
何故言わない? <君が欲しい>と
遠まわしのプロポーズで美辞麗句で
何故ちっぽけな茶碗のふちを万里の長城にしてしまうのだ?
千枚のラブレターを書くことで
なぜ千枚のコスチュームを身にまといつけてしまうのだ?
林檎にサクリと歯をあてるように
女よ 何故言わない? <私もやっぱりあなたが欲しい>と

新川和江「ノン・レトリック:マルセル・カミュの映画「熱風」を見る」
in『新川和江詩集』(『ひとつの夏たくさんの夏』)



Posted by Nomade at 23:39│Comments(0)
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