2010年04月30日 13:19
彼女の手の甲の焦褐に,
アラビヤの数字の刺青がある。
彼女の耳朶の小豆粒をうがって,
陽物を象(かたど)った石がぶらさがる。
パパイヤの熟れるまつ下の食筵。
べたついた彼女の裸のまはりを,火蠅の群がぶんぶん唸り,または,黒々とたかる。
どしゃぶりの驟雨(しうう)のやうな,彼女の情慾を浴びて生れかはりたいな。
むしむしするバタビヤの夜,蘭の花の匂ふ床筵のうへで,私は,彼女を抱きしめ,キュウキュウとよろこびの叫びをあげた。
そのとき,彼女は,馴れた猫のやうに,長い睫毛の眼をそつと閉ぢ,足の指で花束をいぢくりながら,魂のそこからRA音の声で,鄙歌をうたってゐた。
——私は,このからだが,石灰になって散つても,あの声が忘れられない。
闇……闇……闇……
今度の推進機は,私をどこへはこぶ。
人は,どんな小さな記憶でも,掴んでゐるわけにゆかない。
奈落だ……。忘却だ……。深淵だ。
船底の板の間で私は,夜通し,むかしの骨壺を抱いて,かなしんでゐた。
船ばらの鋼鉄版の一重むかうで,怖ろしい鰐鮫が,大鱶が,瀬なかをごりごりこすりつける音がする。