女子の暗がりとむすぶ

Nomade

2010年01月12日 11:00




Neuilly, mars 2009


タカベを買う日


府中市のガラス色の市場で
タカベというちいさな
黒い魚を(その音楽を!)
買った
郡部はもう雪
さきをきそって
白いのに
私は戻る夢ばかり見ている
家に戻り(戻り!)
七三グラムのタカベを
一尾ずつ水に落とし
また水からぬいて
過去の匂いを切っていく
指のつめたさ
液状の針のながれ
真顔で流れてきたわたしたち
芽ぶきをおさえるために
セロハンで
小柄の黒い音楽を包む
側線ふきんをさすらうきのうの明るみ
生きていた日のものだ

ぬれ手へばさばさと
捨てられていく黒みの水の束
蛇口直下のぬかるみが
こうばしくふくれている
生きものをかすった暗い水
肉を這った
暗い水だ
タカベ
この黒い音楽へ
試錐は
つづく
骨のうれしさよ
指を塗れば
女子の暗がりとむすぶ
もちろん
二者であじわえば
はげしいものだ
だがきょうのわたしは一人の部屋
タカベを買う日は一人

隗より始めよ
まずみずからを前触れもなく抱きしめよ

わたしは素手をはずませて
音楽の黒い肢体を見入る
そしてそれをもむ
のだ
あぶないなあ
あぶない
その指だけがなお
こうこうとして
なお


荒川洋治「タカベを買う日」in 『荒川洋治詩集』(『あたらしいぞわたしは』)