2010年01月06日 16:54
ナダールは,いまから考えると想像できないことだが,他人の写真を自分のと思って満足している客が少なくなかったとも記している。してみると,必ずしも容姿の美醜に一喜一憂していたのではなかったと思われる。人間は公的にも私的にも,つねにある種の仮面(ペルソナ)によって人々との関係を保っているものである。ブルジョワジーが自ら擬していた自我もこうした外面関係のつくる仮面(ペルソナ)にほかならなかった。つまり,ブルジョワジーやプチ・ブルジョワジーは社会的自我を裏切る写真に怒り狂ったのである。この仮面(ペルソナ)は変装して生きるためというよりは,家父長として必要な威厳であり,自分で手に入れた社会的地位や財産にふさわしいポーズ,それこそ真の自分だと思っている様態であった。ナダールはそれらを無視したとはいえないが,それにもう少しよく相手を人間的に見たのである。ナダールはあからさまに自分を見せたがる手合いを嫌った。はじめからそれを要求する客はいんぎんに断っている。ある日,クリミヤ戦争から帰ってきた軍人が胸いっぱいに勲章をつけ威張りくさってあらわれたとき,ナダールは家の庭(サンラザール街時代,ナダールは庭で写真をとった)は光が少なくて,金ピカを見せるには適当じゃありませんよと,やんわり追い返した。